2021年4月25日日曜日

自分よりも大きなものに寄りかかること

入管法改悪の件、数か所署名しました。
私は感情が揺れすぎるので文章化できないのですが、
端的に要点をまとめている方のツイート引用させていただきます。
(感情の揺れが収まったら、少しずつ文章にしていきたいと思います。)

mipoko(@mipoko611)さんのツイートより引用。(2021.4.19)

「コロナ対策大失敗、ジェンダー不平等による人的リソースの持ち腐れ、軍隊的教育で抑圧され個性と自尊心を潰される子供たち、貧困な育児環境、小金持ち高齢者の不安と自衛による低消費、外国人の奴隷労働と殺人入管による海外からの不信と嫌悪。この辺て「人権」が守られてたらだいぶ解決するのでは。」


mipokoさんは、最近よく拝見させていただいているツイッター発信者ですが、
私が感情がこんがらがってわけがわからなくなっているような時にでも、
冷静に、端的に、要点を指摘してくださっているので、
とても尊敬しています。

私は感情の振れ幅が大きいので、辛いこと・苦しいこと・悲しいこと・怒りにも
ものすごく共振してしまい、自分が体調崩したりするので、
こういう風に的確に問題点を指摘してくださる方がいるととても助かります。
(私のこの共振・共鳴の性質は、喜びや楽しさでも起こります。
舞台芸術には必須の性質である反面、日常生活や世の中に問題があるようなときは、
非常に難しいものでもあります。)

*******

ネガティブな感情に負けてしまうので、少し時事からそれたことを記事にします。
時事からそれてはいますが、今起こっていることの根本的な原因でもあると思っていることを書きたいと思います。

「自分より大きなものに寄りかかること」、つまり「依存」についてです。

オリンピックがなければ、日本はここまで壊れなかったのではないか、
自民党が政権を取っていなければ、日本はここまで壊れていなかったのではないか、
あるいは日本の高度経済成長が、「男社会」によってなされていなければ…
といったこと、
なぜこうまで「間違いを認めて立ち止まることができないのか」ということについてです。

私が一番最初に「依存」という問題を意識することになった職場のお話です。

私が大学卒業後、初めて就職した会社はぬいぐるみ製造の会社でした。
私は専攻が文化人類学だったこともあり、現代社会や現代の文化に懐疑的で、
なんか人間の本質的なことに近い仕事を選びたいみたいな気持ちがありました。
今思うと、単に若くて世間知らずだったな、というだけですが。

当時は大学の就職課にあった会社案内と四季報だけが就活ツールだったので、
会社の実態を知ったのは入社後。
私の大嫌いなディ〇ニーのぬいぐるみが9割くらいを占めている会社でした。
入社直後は株式の店頭公開の準備をする部署に配属になりましたが、
その後あれよあれよという間に傾いて、店頭公開はお蔵入り。
私は入社2年目に一人暮らしを始めて、最初は家賃手当が出ていましたがそれもカット。
中国に生産の本拠地を移して国内工場はどんどん閉鎖。

しばらく私の持ちネタでもありましたが、
しまいにはボーナスが「ぬいぐるみの現物支給」になりました。
それも最新版の人気商品ではなく長期不良在庫品。
「7人の〇人」6人とか、同じのが2人いる7人とか、
そういうのがぎゅう詰めで段ボールひと箱。
挙句、「これは原価で2万円分の価値があります」ということで、
7月分の給与から、ボーナス分の源泉徴収として2千円引かれました。
実話です。
何年も後になって、新聞で現物支給は違法という記事読みましたけど、
当時は公認会計士がこれをやらせたみたいです。
ちなみにその現物支給品は、私の出身の保育園に、バザー出品用として送りました。

店頭公開準備の部署の上司も、「ぬいぐるみは利益率が高い」「作っても作っても間に合わない」と言っていましたが、
長く勤めていた先輩も、バブルの頃は「ディ〇ニーのぬいぐるみがおしゃれ」だったと言っていまいた。なんかソファーや出窓には〇ッキーのぬいぐるみが置いてあるもの、みたいな時代だったようです。
私はディ〇ニー苦手なのでそういう感覚わかりませんでしたが。
それでとにかく売れる、生産が追い付かない、どうやって生産量を増やすかだけを考えればよかった、と。

私が大学生くらいの時にはバブルはじけていましたし(厳密にはいつだか知らない)、
日本の流行も変わり始めて売り上げが下降線の一途をたどり、
ディ〇ニーからは「マーケティング部」を作って市場調査をし、売れるぬいぐるみを作るように、という指示が出ました。
それで部署は作ったけど、手法はわからず。売り上げも上がらず。
その当時まで長年独占契約を結んでいましたが、解除になり、ほかの勢いのあるぬいぐるみメーカーもディ〇ニー商品を作るようになりました。
このあたりで私が本格的に体調を崩して脱落。

生理痛についての記事でも書きましたが、私は大学時代から病院通いをしていて、
一人暮らしの通常の生活費の他に医療費もかさんでいたので、
本当にやりくりには苦労しました。
ただ、私は人生の一番最初にこの経験ができて良かったと思っています。
手取りがいくらだとどの程度の生活になるか、というのが、この経験のおかげでぱっとわかるようになりました。
その後実家に戻って渋谷に勤めるようになった時も、深夜残業が続く職場だったのですが、
当時の手取りで一人暮らしをすると職場に着ていく服が買えないのが目に見えていたので、最後まで実家から通いました。

まぁ、昭和感が色濃く残っていた会社でした。
私は水が合わず、体が腐っていくような辛さがありました。
良い時代のことを覚えているおじさんたちが、今の問題点も解決策も見いだせない。
上司は積極的にリストラをすることで銀行からほめられたと喜んでいましたが、
国内の工場を閉鎖したり、自社製品に思い入れを持っている配送部門が廃止になって外注したりすることについて、いろいろなことを見聞きしました。
あの時代どこの会社でも、遅かれ早かれ、大なり小なりそういうことはあったと思います。

ただ、あの会社について当時私が感じたのは、
ディ〇ニーという大きなものに、喰われてしまったな、ということです。
創業者のぬいぐるみにかける情熱によって、ディ〇ニーからの絶大な信頼を得たところから始まった関係でも、「ディ〇ニーさえ作っていれば売れる」ということを経験してしまうと、よほど強い人でない限り、寄りかかってしまうんだな、と。
そして「ひとたび」寄りかかってしまうと、「ぬいぐるみの現物支給」をするところまで落ちぶれるんだな、と。
私は苦労しました。家計のやりくりに苦労し、体調もさらに悪化し、自信もなくし、辛い思いをしました。
でも、社会に出て一番初めに、この、人間の弱さやずるさを見て、それがどんな結果を引き起こすかを身をもって経験できて本当に良かったと思いました。

その後いろいろ経て、渋谷にある舞台公演の企画制作の会社で、プロデューサーの下で制作として働くことになりました。
通常の演劇公演やコンサートなどの他に、日本舞踊や邦楽(お三味線やお琴など、人間国宝の先生方もいらっしゃる現場)のお仕事もさせていただき、本当に貴重な勉強をさせていただきました。

で、演劇公演などで俳優さんやアーティストの方などと接していていろいろ気が付いたことがありました。
大物の俳優・アーティストについているマネージャーさんなどのもちろんごく一部なんですけど、一定数、「何にもできない人」がいました。
大物の身近にいて、大物から必要とされていることだけが存在理由になってしまっている人。もちろん全員じゃなくて、一部です。
すごく独特な雰囲気なんですよ。すぐわかります。
舞台の現場は俳優・アーティストだけでなくスタッフも実力がすべてなので、
「ものすごく」異質です。
私は自分の中でそういう人たちを「腰巾着」と呼んでいました。
(会社にも厄介なお局様がいて、取締役の腰巾着で大変でしたが。)

そういう人たちも、本当に初めから自分の力が何にもなかったのではなく、
大物の近くにいて必要とされているうちに、必死で切磋琢磨しなくても生きられるようになってしまった。
そして自分の力を見失ってしまった。

ぬいぐるみの会社と同じだな、と思いました。

その数年後にも、私の人生の非常に大切な事柄において、
集団で腰巾着状態になってしまった人たちが、
私の止めるのを聞かずに誤った道にまっしぐらに突き進み、
壊滅状態になったこともありました。
(その時私は重度のうつ病になり、数年間自宅療養することになりました。)


自分よりも、大きな存在と、何かをする時。仕事でも、なんでも。
美徳とされている謙虚さとはまた違う意味で、
自分がその大きな存在を乗り越えてやる、というくらいの気概がないと、
人は必ず喰われてしまうんだな、と、私は何度も思いました。

向こう見ずとか無茶とも違うし、ネトウヨのイキリみたいなことでもないんです。
ただ、「大手と組んだから大丈夫」と思ってしまったら最後、喰われて終わります。
それは大手に悪意があるとかじゃないんです。
私はディ〇ニーが嫌いだけど、ディ〇ニーが悪意であの会社を喰い潰したとは思いません。
あの会社が、自分で自分をダメにしたのです。

私は何度もそういうのを見て、その被害を身をもって受けることも何度もありました。


今回のオリンピックについて、よく先の大戦と同じだということが言われていて、
「インパール2020(もう2021!)」などと揶揄されていました。

自民党はオリンピックを開催しさえすれば支持率を確保し、
今年の選挙で大勝できると考え、それ以外の道を考えることができませんでした。
安倍政権という醜悪な政権が8年も続いたのも、オリンピックによる利権が支えたからです。
そして政治にあまり関心のない日本人の多くも、
「オリンピックがうまくいけば自分も何となくうまくいくだろう」みたいな感覚だったのだろうな、と思います。
もっとも、政治に懐疑的な人たち、あるいは社会的に底辺にいる人たち(私)は、
「この政権のままオリンピックやったら日本終わるよね」と思い続けてきました。

そしてよく「肉屋を支持する豚」と揶揄されるネトウヨの人たち、
ネトウヨバイトの人もいるとの情報もありますが、
自分は一介の貧乏人でしかないのに、自民党の威を借るキツネになって、
政権を批判する人にことごとく暴論をふっかけています。
私は何年も前は、ネトウヨの人たちの考え方がまったく理解できませんでした。
自分が貧乏で不幸せで社会に怒りを抱えている人たちが、極左やアナーキズムに走るなら理解できるんです。
何故、現政権・自民党を支持するのか、まったく理解できなかった。
ただ単に勝ち馬に乗りたいだけ、優越感に浸りたいだけなんだということを理解するのに、
すごく時間がかかりました。
今この時の優越感のために自分の首を絞めているのに、そういうことは考えたくないんだろうなぁと今は思います。

自民党も同じで、オリンピックをしさえすればどうにでもなると思って、
真っ当なことを何もしないできたら結果的にオリンピックの開催さえも危うくなり、
無理やり開催したところであてにしていた収入はなく(税金で穴埋めしようとしているとは思いますが)、それでも止まれない。
止まったら責任を問われて「自分が終わる」から。


コロナ禍があるということを予測していたとかそういうことは全然ないけど、
自民党にこのままやらせていたら「絶対こういうことになる」と、
長い間たくさんの人たちが言い続けていたのに。
もう「だから言ったじゃん」と肩を落とし続けています。

海外の方々に対する非人道的なやり方、
日本人に対するひどいやり方、
自民党にやらせていたらこういう結果になると、わかっていたのに。

金と権力に喰われてしまって、人間であることを捨ててしまったんだなと思います。

私が、この人生で何度も何度も見たもの。
何度も何度も止めたのに、誰も聞かなかった。
そして、わかっていた結果になった。
その結果を目の当たりにして、私は身動きが取れなくなる。
心が固まってどうしていいのかわからなくなる。

今このひどい状況が、どこまでひどくなるのか、私は予測がつきません。
今ここで終わってほしいけど、
オリンピックをやってしまってさらにひどいことになるのか、
自民党でさえオリンピックをあきらめるほどのさらにひどいことが起こるのか、
あるいは人々の反対の声が何らかの形で届いて理性的にやめることができるのか、
今の私にはわかりません。

ただいずれにせよ、この後、壊滅的な状態から、社会を立て直す時間が必要になります。
私が一つ、希望を見いだせるとしたら、ルワンダが先例としてあることです。

ルワンダの虐殺の生存者であるイマキュレー・イリバギザ氏の『生かされて。』(著:イマキュレー・イリバギザ、スティーヴ・アーウィン、翻訳:堤江実、PHP研究所、2006)を読んだ当時、
イマキュレー氏が生き残ったこと、そしてアメリカに渡り新たな人生を見出したことに、
心からの安堵を感じた反面、こんなことが起こってしまったルワンダは、
もう100年くらい壊滅的な状態が続くのだろう、と私は思いました。
ところが、数年前から、ルワンダがこの惨劇から復興を遂げているという情報を見るようになりました。住民総出でゴミ拾いをして地域を健全に保っている、というような。
昨年あたりにも、ルワンダの虐殺によって男性が減ったために女性の議員が増え、
結果的に進歩的な政治が行われるようになった、というツイートもありました
(ツイートした方は、「虐殺」そのものではなく「女性の議員が増えたこと」が大事なポイントだと注意書きしていました。私が『生かされて。』を読んだ印象だと、男性だけが特にたくさん殺されたという意味ではなく、虐殺の実行犯に男性が多く、たくさんの男性が刑に服したからではないかと推測します。)

そして非常に印象的だったのは、このコロナ禍において、イギリスから「安全国」として評価された国の中にニュージーランドや台湾など明らかに優等生な国々とともに、
ルワンダの名前もあったことです。

あの惨劇から、あの絶望から、復興することができるんだ、しかも、こんなに素晴らしい形で、と、本当に涙が出ました。

私達日本も、今、日本人だけでなく、日本に期待を抱いていくださっていた海外の方々に本当にひどいことをしていて、それが今まだ立ち止まることもできずにいる。
そして何とか立ち止まったその先に、本当に、壊滅状態からの復興、一からのすべての立て直しが待っている。
私の心が弱っている時、もう立ち止まることもやり直すこともできないのではないか、という気持ちに負ける時もある(そういう時は記事を書きません)。
でも、ルワンダは復興したんだ。こうやって、「コロナ安全国」と評価されるほどに。
私達にも、きっとできる。
お手本は世界にあるし、私たちの心の奥底にも、きっとある。