2026年6月7日日曜日

リサイクルよりリユースだと思うんだけど、エコというより視点の話②

記事が飛び飛びで申し訳ありません。
エコ記事を久々に続けます。


料理用のセージの花が思いっきり咲いたので、飾ってみました。

この青い花瓶、めちゃくちゃ万能で、
バラの一輪挿しはもちろん、
スイートピーやガーベラのような茎の細長い花、
また、レッドクローバー(赤詰草)のような野の花、
何でも可愛くきまります。

が、実はお酒の空き瓶。
八海山の純米大吟醸のひょうたん瓶。
裏側に白く「八海山」とロゴ入ってます。

私が初めて調理の仕事をしたのが、
ワインが売りの高級店だったのですが、
そこでこの八海山のお酒も出していました。

調理場はゴミ出しも担当していたので、
週に何度か空き瓶も出していたのですが、
時折見かけるこのビンがあまりにかわいくて、いくつかもらってきました。
まぁお客様がビンに口付けて飲むわけじゃないし。

で、試しに飾ってみたら
「これは花瓶として再利用するのを当て込んでデザインしているだろ」としか
思えない完成度。
下部がどっしりしていて倒れにくし(お花活けるのに安定感めっちゃ大事)、
深い青色のボトルは清潔感があって、お花を引き立てます。
日本人だからさすがに「ひょうたん型だな」とわかるのですが、
でも「ひょうたん臭くない」というか、野暮ったくなくて洗練されたデザイン。

こんな素敵な物をただ捨ててしまうのがもったいなくて、
その後もいくつか拾ってきました。
が、さすがに、そんなにこの花瓶ばっかりあってもしょうもないだろ、
と思ってやめました。し、少し捨てました(笑)

ま、でもこの写真のように、
同じ花を1本ずつ飾ってズラッと並べるのも、かなり可愛いですよ。

今私ネットショップに商品上げていないのですが、
この当時はMermaid Knitのネットショップだけじゃなくて
メルカリとかもやっていたので、
こんな素敵な花瓶、ほしい人絶対いるでしょ、と思って売ること考えました。
が、大きさとか梱包とかの関係で、
送料だの手数料だの勘案すると、
「ほしい人が酒入ってるもの八海山の店で買った方が早くね?」みたいな値段に。
私も酒飲みじゃないんですけど、
料理に使ったりもできるじゃないですか、中身入っていれば(笑)
ちなみに、大吟醸が682円、純米大吟醸が759円です(税込)。
東京だとちょっと大きい酒屋なら売ってるんですよ普通に。

ただこれ、本当に良くデザインされたかわいいビンなんで、
実際に花を飾ったのを何本かディスプレイして、
空き瓶1本100円か200円の値段つければ、
通りがかりの人絶対買うと思うんですよ。
実店舗のフリマ向けなんだけど、
フリマとか興味ない人でも欲しくなるような魅力があるのね。

なんか本当にもったいない。
こんな素敵な物が、ただ廃棄されてるのが。

ガラスは資源ごみとしてリサイクルされるけど、
こういうリターナブル瓶じゃないものって、
割ってガラスの破片にした状態でリサイクルされるのよね。
もったいなすぎるじゃないですか、
こんなに高度にデザインされた美しいもの。
(ちなみにお店で出している時は
ちょっとダサめのシュリンクラベルがついていて、
お客様はこの美しさを見ていないんですよ!)

なんとかならんの、こういうの。
ガラス素材としてのリサイクルじゃなくて、
この美しさ、この機能性を、有効活用できんの、
文明社会として。

あと、なんとも言えない気持ちにさせるのが、
この空き瓶が発生する場所と、
この空き瓶を使うと嬉しくなる場所が、
ビミョーにずれているところ。

洗練された美しいビンなので、
たとえば「真っ白な壁と窓からの光がすがすがしいおしゃれなカフェ」とか
似合うじゃないですか。
パステルカラーのガーベラ一輪挿しにして窓辺にずらっと並べると可愛いでしょ。
あと若い女性が、経済的に豊かじゃないけど、
バラ1輪ならベッドサイドやテーブルに飾れる、とか。
もちろん、お花が好きなご家庭で、
玄関に1輪、お手洗いに1輪、ダイニングに1輪、とかも似合います。

一方で、仮に私が酒飲みだったとして、
「八海山大吟醸うめ~!!!晩酌はこれに限るわ!」と思っていたとしたら、
一升瓶買って適宜飲むわけですよ。ひょうたん瓶買わないで。
まぁあんまり日本酒飲まない人が、
お月見とか趣を重視したいときに、買うかもな、とは思うけど。

そうすると、このひょうたん瓶って、
やっぱり「ちょっと良いお店で出す」タイプの商品。
ただその『八海山 純米大吟醸』が似合うお店と、
「白壁が素敵なおしゃれカフェ」
「経済的に豊かじゃないけど素敵に暮らしたい若い女性」、
みたいなのが、イマイチかみ合わない(笑)

ちょっとした橋渡しが必要なのね。

実際に物を見れば、今までお花を活けてこなかった人でも、
「この花瓶で一輪挿しなら、できるかも」と思う可能性が高い。
そうすると、
「お花を活けて、日常生活を素敵にしたい」と思う人が増える。
私は物事ってなんでも「すそ野が広がる」のが
一番大切なことだと思っているので、
お金持ちだけ、才能に恵まれた人だけ、みたいなことじゃなくて、
「できるだけたくさんの人が望めばできる」ことが、
社会を底上げしていく力になるんじゃないかな、と考えています。

ぶっちゃけ、〇山フラワーマーケットのグラスブーケとか、
包装紙をはずしちゃうと、お花本体は、ほんのちょびっと。
「あんまり贅沢できないし」とグラスブーケ買うくらいなら、
この手の一輪挿し用にバラ1本買っちゃった方が安いんですよ(笑)
お花屋さんのお花に限らず、
河原に生えてる赤詰草とか本当にかわいいし
(子供の頃、摘んで蜜を吸った思い出もあったりします)、
冒頭の写真のように、料理用のハーブの鉢植え、
「うっかりでかい花咲かせちゃった」みたいなのも、全然飾れる。
(ちなみに料理用のハーブは、
花咲かせちゃうと葉や茎が固くなっておいしくなくなるので、
咲かせる前に切るのが基本です。)


エコロジカルとか、エシカルとか考えるときに、
「機能」の観点と、
「組織の論理からの脱却」みたいなのが
もう少し必要なんじゃないかなと思ったりします。


私は青色遮光瓶が無性に好きで、
ニールズヤードレメディースの青いガラス瓶も大好きです。
NYRのビンは、形が絶妙に好みで、あの木のマークも好き。
ブランドコンセプトも好き。

だけど、あのガラス瓶毎回買う必要ないよね(笑)
詰替えあっていいよね。

私はもう長いこと、
食用の菜種油にエッセンシャルオイルで香りをつけたものを、
顔・髪・体全部のケアに使っています。
美容についての記事、また別途書くといいのかなと思うので今は省略しますが、
市販の基礎化粧品の類、あんまりいらなかったと気づく人はいるし、
もっとたくさんの人が気づくと、もっとたくさんの人が楽になります。

で、別に、毎度のことながら、
経済的にもゆとりがあって、NYRの製品もコンセプトも大好きで…みたいな方は、
好きなだけ買って使ったら良いんです。

私は「物として」のNYRの青色遮光瓶が大好きなので(形とか色とか機能性とか)、
前に買ったNYRの化粧品の空き瓶を、上記のオイル入れやクリーム入れとして
ずっと使っています。

が、営利企業としてのNYRは、嫌でしょうね、そういうこと喧伝されるの(笑)
空き瓶使っている人がトラブル起こしてブランドイメージ傷つけるとか、
そもそも論で企業としての利益に差し障るとか。


でも社会全体のエコロジーで考えたら、機能する美しくて丈夫な物は、
その機能を生かして再利用がベスト。


あと、以前よく利用していた輸入食材のバッタ屋さんでは、
賞味期限間近とか、パッケージに不具合があったなどの食材が、
安く大量に出ていることがありました。
私はアンチョビとかオリーブとかチョコレートとか、
食品そのもの目当てで買うこともあったんだけど、
「容器」が欲しくて買うこともありました。

例えば、セラミックミルのついた岩塩やスパイス。
どっしりしたガラス瓶に入ったインスタントコーヒー。

コーヒービンとかは、正直、日本のスーパーで売っているものの方が
軽いし、開け閉めしやすいです。
が、輸入物は、ビンがかわいい
バスソルト入れたり、クエン酸や重曹入れたりとか、
おしゃれな容器として、ほしい。
この手のヨーロッパ風のガラス瓶、若い女性にも人気で、
300円均一みたいなお店で似たようなビン売っています。

たださぁ、300均って、無駄でしょ、社会的に。
日本で300円で売るために、人件費が安い国で安物作らせて、
日本の店舗では最低賃金で店員雇って売っているわけだから。
貧困を拡大している仕組みだよね。

「経済的に豊かじゃなくても素敵に暮らしたい」っていうのは、
人間の自然な心理なの。
そのために100均とか300均みたいな貧困を拡大する仕組みじゃなくて、
すでにあるものを社会で共有すること、
うまくできないかな。

食品のバッタ屋さんは、コーヒーであれセラミックミル付きの岩塩であれ、
賞味期限が来たら店頭にはもう並べられません。
その後、食品そのものではなくて、
長く使える機能的な容器はその後どうなってるんだろう?

セラミックミルのグラインダーなんて、
なべとかボウルとかと同じレベルで半一生もので使えるけどな。
それが料理好きだけじゃなくて各家庭にあれば、
基本のスパイスを粉末じゃなくて実の状態で売るのが主流になる。
その方が加工もいらないし、劣化も少ない。
製造・運搬のエネルギー消費が減り、
使う側もおいしいスパイスを使うことができる。
メリットしかない。


冒頭の八海山の空き瓶と同じで、
「物がよどむ場所」っていうのがあるんですよ。
高級飲食店のゴミ捨て場とか(笑)
でも、「レストラン」という一企業もできるだけ人件費抑えて
最低賃金で働かせて、日常の営業が回る最低の勤務時間以上の
時間給は発生させたくない。
だから、料理して片付けてゴミ出ししたら「とっとと帰れ」という扱い(笑)

今、日本はこんな感じです。

人件費、余計な営業経費発生させないで利益を上げるために、
エコロジーとかエシカルとかどうでもいい。

書き出したらキリがないので今は割愛しましたが、
他にも業務用アイスクリームの空き容器とか、
めちゃくちゃ使い勝手良くて、
こうやって使うとすごくやりやすくなるよ、みたいなことが
いろいろあるんですが、ま、別記事でまた書きます。
(しかも日本のレストランの規則では
空き容器の再利用はしちゃいけないらしい(笑))

そういう、ある場所ではゴミとして廃棄されてしまうものが、
実はたくさんの人にとってものすごく役に立ち、
結果としてエコロジーにも貢献する、みたいなこと、
いろんな場所でいろいろあります。


もう長くなっちゃたので、記事いったん切ろうかと思いますが、
それやると「続きいつ書くかわからん」みたいなことが続いていたので、
要点だけざっくり書いておきます(『詳細は次号!』みたいな感じ)。

古着・古布(主に綿)からエネルギーを再生するという技術を開発した企業が、
アパレル会社に働きかけたり、イベントを開催して
古着の回収を呼び掛けているというネット記事を読んだのですが
(東京オリンピックの時に廃棄物から金属を回収してメダルを作った企業)、
毎度のことながら、
そういう技術開発と社会への周知のための努力は、
素晴らしいことだと思います。

が、ちょっとなんかおかしい。

それは、古着・古布の流れ。
日本では古着や古布は「古布」として資源ゴミ回収されている。
一般人は、それらがその後どうなっているか知らない。
漠然と「リサイクルされている」と思っている。

一方で、アフリカ大陸のある国では、
「リサイクルする」という名目で他の国からの資源ごみを受け入れて、
品質の良い古着は古着屋が売るけど、
売り物にならないファストファッションの古着などは、
海辺に野積みにされてそれが海に流出したりしている(プラゴミも同様)、
というショッキングな写真や記事を、時折目にする。

これ、安物の古着が野積みされて海に流出する、
というのも問題なんだけど、
外国からの古着がただ同然で入ってきて衣服として売られることで、
その国の製造業が成り立たなくなる、というのも大問題なんですよ。
女性が経済力を得るために仕立て屋をやる、というのは
どこの国でも普通にあること
(アフリカの他の国で、女性が手作りで物を作って販売し、
ミシンを買ってさらに仕事を大きくする、という記事も読んだことがありますし、
レース編みの「アイリッシュクロッシェ」は、
アイルランド紛争を逃れてアメリカに移住する資金を得るために、
女性が繊細なレース編みを発展させて高額で売っていたという経緯があるそうです)。

一方で、日本国内で「古布」の需要って、満たされているんですか?
「ウェス」と呼ばれる汚れを拭き取って捨てる布。
製造業やいろいろな場所で必需品です。
昔、着古したTシャツやパジャマなどの綿製品は、
生地が適度にやわらかくなっていて、
汚れをよく吸い取ってくれてウェスに最適なので、
こういう古着・古布は資源ごみとして出してください、
という製造業(車両の工場だったかな)の方の記事を読んだことがあります。

なんだけど、私今、古布ほとんど資源ごみに出してません。
なぜなら、ウェスとして私が使うから。
料理した後の油汚れ、食器洗う時の汚れ、拭き掃除する時の汚れ、
全部自分の古着・古布(タオルとかシーツとか)切ったもの使って拭き取ってます。

高齢の父は拭き掃除の時、雑巾とバケツ持ち歩いていて、
立派だと思いますが、私はそれできません。
汚れに気づいたらアルカリイオン水スプレーして古布で拭き取って捨てる、
じゃないと日常的に掃除ができない。
あと「水のエコ派」としては、
台所の油汚れは水に流さずに可燃ごみとして捨てたい。

「赤ちゃんのおしりふき」をずっと掃除のために買い続けている、
という話も見聞きします。

さらに業務用品も売っているホームセンターで、
「紙製のウェス」売っているの見ちゃったんですよ。

「ウェス」が足りてないの。
古着・古布が足りてないんです。
エネルギーに再生する以前に、ウェスの需要を満たしていない。

まぁだから、「エネルギーに再生する技術を開発する人」(それは絶対に必要)と、
「全体の流れを見渡して配分を正常化する人」が、
それぞれ必要だったという話だと思うんですが。

どういう組織がどういう流通を担っているのか一般人の私にはわかりませんが、
資源ごみとして回収したものを、
「リサイクルする」と称して発展途上国に売り、
発展途上国側では、「リサイクルする」と称して受け入れる。
資源ごみとして輸出する側と、輸入する側、
双方の窓口の政治家や企業にお金が入る仕組みなっているのでしょう。
「自分の懐に金が入ってしまえば、あとは知らん」という、
お決まりのやつです。

ここをまず解体しないとどうしようもないよね。

日本でも抗議の署名が流れてくる「木材ペレット使った火力発電」が
再生エネルギーでもなんでもなくて、
他国の森林を破壊して木材ペレット作っている、みたいなのとか、
「エコロジーという名目」で「組織がお金を動かしているだけ」の事柄、
山ほどある。
(だったら他国の木材ペレットじゃなくて、
日本のリサイクル用の紙ごみ燃やした方がいいじゃんね(笑))

本丸は、ここ。

技術開発は、もちろん必要。
役に立つのがもっと先のことであったとしても、技術開発は必要。

なんだけど、
「誰かに金が入る仕組み」あるいは「誰かのメンツを保つこと」で硬直して
「機能しなくなっている何か」を是正すること、
じゃないですか、本質は。


私はこういう考え方をするので、
現代社会に適応しない人間なのですが(笑)